御 祭 神
くものやはたのおおかみ
雲八幡大神 (八幡大神、大山積神)
みょうけんおおかみ あめのみなかぬしのかみ
妙見大神 (天御中主神)=相殿に坐す
→本社の境内を流れる小川の下流、約500mに「雲石」があります。
この石から七色に輝いて立ちのぼる雲の中から大宝3年(703)童形の神様がご出現になったと伝えています。
この石は神様の降りられる座、いわゆる磐座で『雲のやしろ』と祭られました。古代の場、雲八幡宮の元宮です。
←→狛犬とは、そもそも参拝者がお参りを無事に済ませて帰ってこれるように祗候する(お側で奉仕すること)ことを目的として作られています。
かっぱ祭によって鎮められた河童の神通力をもって里を守ってきたことにあやかり、平成2年の天皇ご即位を祝い、世界平和、五穀豊穣を祈願して建立された雲八幡宮ならではの狛河童です。
通称「千年杉」とよばれる雲を突くような杉木立が雲八幡宮の歴史を物語っています。 古来この地は「雲の森」と呼ばれ、古歌に、
村雨の けさも行き来の 雲の森 いくたび秋の こずえ染むらむ
と詠まれ、境内に明治の能筆家・小野鵝亳の碑が立っています。1300年祭のとき、お披露目をした神楽「神杉の舞」の破(「は」・1番)の歌詞はこの歌です。因みに、急(「きゅう」・2番)の歌は、
千代をへて 宮居行き来の 人を見し この幹ふとき 神杉かしこ


明治神宮甘露寺宮司揮毫の
御鎮座1000年記念の碑

境内を流れる小川(あさひ川)





「うん」の河童
右手に持っているのは
大好物のキュウリ

「あ」の河童
右手に持っているのは
得意の相撲に使う軍配

神々しく日の光が差す雲石
お代官様の石灯籠
江戸の初めは細川忠興、小笠原長次ら歴代藩主の崇敬があり、元禄11年(1698)、この地が幕府直轄の
「天領」となってからは日田の代官所の支配となりました。
悪代官だったとも伝えられる岡田庄大夫俊惟が寛保4年(1744)に奉納した石灯籠が残っていますが案外粗末なもので、後に江戸へ戻って破格の出世をした人物だけに、代官という立場をよく表した石灯籠だと言えそうです。
千年杉の雲の森
→雲石に神様がご出現になってから270年後の天延元年(973)、少納言・清原正高(都からこの地に左遷されて下ってきた人物)によって現在地に御鎮座になりました。平成15年は、実に御出現1300年を向かえ、前夜祭には雅楽コンサート(1300年記念創作神楽「神杉の舞」お披露目など)を開催、当日祭には稚児行列などの御神幸もあり、大変な賑わいでした。
明治維新の手水鉢